先輩から「ADHDだ」とカミングアウトされた日のこと

先輩から「ADHD」だとカミングアウトされた日

明るく優しい先輩の意外な告白

実は、ぽんさんとは別に、私にはもう一人ADHDの友人がいる。
高校時代の先輩で、ある日「実は俺、ADHDなんだ」と打ち明けられたことがあった。

彼はとても明るくて優しくて、人の輪の中心にいるような人だった。
多くの人と交流があるタイプだったけれど、共通のミステリー小説の趣味がきっかけで、おすすめの本を教え合ったりしているうちに、私とも親しくなってくれた。

恋愛感情はまったくなかったけれど、二人でいても居心地が良く、年上の友達のような感覚だった。
だからこそ、そんな彼から突然「ADHDだ」と打ち明けられて、私は正直とても驚いた。
他の友人が急用で帰ってしまい、たまたま二人でファストフード店でお喋りをしている時のこと。
いつも大したことのない話ばかりだったので、まさかそんな話になるとは思いもしなかった

驚きと戸惑い、当時の私にできたこと

驚きと戸惑い、当時の私にできたこと

彼は幼少期からADHDと診断されていて、小中学校では肩身の狭い思いをしてきたらしい。
当時の私は「じっとしていられない人?」「忘れ物が多い…とか?」程度の知識しかなかった。
そんな私が突然、親しい先輩からのカミングアウトを受けたのだから、本当に驚いたし、戸惑った。

なんと返したかははっきり覚えていないけれど、たぶん「へー、全然わからないですね」みたいな、当たり障りのない返しをしたと思う。
頭の中では「何か気の利いたことを言わなきゃ」と焦る気持ちと、「変なことを言って傷つけたくない」という思いがぐるぐると回っていた。
それでもそんな言葉しか出てこなかったけれど、先輩はちょっと嬉しそうに笑ってくれた。
でもその私の言葉が正解だったのかどうか、今でもよく分からない。

先輩はこう言っていた。
話が飛んだり、忘れ物をしたり、ぼーっとしたり――そういうADHDの特性によって、周囲の人を無意識に不快にさせるのが嫌で、仲良くなった人には自分から打ち明けていると。

確かに、思い返すとそういう一面はあった。
なるほど、そういうことだったのかと、私は内心納得した。

私は、そのカミングアウトに勇気が要ったことも、その一言までにどれほど考えたかも、何となく伝わってきた。
だからこそ、その思いを雑に扱いたくなかった。

でも残念ながら、「ADHDだと友人にカミングアウトされた時、どう接すればいいか」なんて、当時の私にはまったく知識がなかった。
下手なことを言って傷つけたくない。だけど、黙って受け流すのも違う気がした。

悩んだ末に私は、こう聞いた。
私に、どうしてほしい?何かできることはある?

先輩が教えてくれた「ただ知っていてほしい」という優しさ

付箋と手帳、彼の工夫

彼は手帳とペンを持ち歩き、忘れないように付箋を貼る習慣を続けているという。
実際に見せてくれた。
教科書の表紙の内側に付箋がいくつも貼っていて、まるで未来の自分へのメモのようにも見える。
スマホは、開いた瞬間に通知に気を取られてしまって、かえって忘れるから使わないそうだ。
それを聞いて、彼がちゃんと自分を受け入れて自分と向き合っているのだと実感した。
だけど、何か他者にできることがあるのではないかと思ったのだ。

でも、先輩は少し笑ってこう答えた。
いや、してほしいことは特にない。ただ、知っててくれたらそれでいい

「助ける」よりも「知ること」が力になる

“してほしいことはない。ただ、知っていてくれたらいい。”

その言葉に私はハッとさせられた。
「ADHDであることを人に話す=助けてほしい」ではないのだと知った。
そして、「何かしてあげたい」と思う自分の気持ちが、自己満足に近いものだったのかもしれないと気付き、恥ずかしくなった。

それでも、先輩は本当にかっこよかった。
自分の特性を受け入れて、工夫しながら生活をして、そして周囲にも伝える。
それは決して「重い告白」ではなく、相手を思っての配慮であり、優しさだった。

10年以上経った今、先輩の言葉が教えてくれること

それでも、知っていることが、誰かの心を軽くすることもある。
直接なにかをすることがなくても、「ただ知っている」だけで、力になれることもある。
私はその時、初めてそういうことを学んだ気がする。

あれから10年以上が経った今。
ぽんさんが「冷蔵庫の中にあるものを忘れる」と言った時に、「付箋かホワイトボードに書いて冷蔵庫のドアに貼っとこうか」という言葉が自然に私の口から出てきたことがあった。
それはあの先輩のことが記憶のどこかにあったからだろう。

ADHDのぽんさんと一緒に暮らしている今、あの経験が今につながっているような気がしてならない。
狭かった私の視野を、先輩がそっと広げてくれたのだと思う。
ありがとう、先輩。