話が飛ぶぽんさん
ぽんさんとの会話は、決して「続かない」わけではない。
話の最中にぽんさんがどこかへ旅立っていく感じ。
風船のようにふわふわしているぽんさんに対し、思い返せば昔の私はいつもその紐を捕まえようと必死になっていた。
でも、最近は漂っている風船を眺めて楽しんでいる心境に近い。
初めはもちろんこんな心境ではなかった。
ぽんさんと話している時、思いがけない方向に話が脱線することがよくある。
少し話題が逸れるというレベルではなく、もう規模も方向性も何もかも違う話に突然切り替わるのだ。
戦争に関するニュースを見ながら世界情勢の話をしていたら、突然明日の朝ごはんの話になったり。
私の仕事の話をしていたら突然愛犬ベルの寝相の話になったり。
何の脈絡もなく突然同じテンポで返ってくる話題が変わっているので、いまだにびっくりする。
野球ボールでキャッチボールをしていたのに、気付いたらサッカーボールが後頭部めがけて飛んで来ているような。
でも相手はその異常さに気付いてもいなさそうなので、私はついていくのに精いっぱい。
「いや急に話変わったな!」ってツッコミを入れることもあるけど、ぽんさんにはあまり刺さらない。というかそのツッコミ自体何だかしっくり来ていない。
何せ、ぽんさんの中ではそれが普通だから。
驚くことに、ぽんさんの頭の中では話が繋がっているらしい。
突然の“ささくれチェック”
困ったことに、ぽんさんは私が話している時に何かに気を取られることが多い。
本人にはたぶん自覚はないだろうけれど、帰宅した私が今日の出来事について話していたら、突然ぽんさんが自分の爪をガン見し始めることが時々ある。
私としては、「相手が上の空でもいいから喋りたい」というほどではない。
ただ今日あったことを聞いてほしくて話していただけなので、相手が聞ける状況じゃないなら話すほどのことでもなかった。
それでも聞いてほしい時は「ねぇ聞いてる?」と尋ねることもある。
ぽんさんはだいたい爪をいじりながら生返事。
問題の爪を覗き込むと、少しささくれができていたり、爪の先に何かの汚れがついていたりする。
そうなるとだいたいもう話したい気持ちもなくなるので、私は爪に集中しているぽんさんを眺めている。
ぽんさんの中でも「ささくれ>おとまる」になっている時間。
一度気になると、ぽんさんはそれが最優先になる。
それについてああだこうだ言っても仕方ない。
だから「本当に辞めてほしい」というよりも「またやってるよ(笑)」というテンションで話すようにしている。
実はADHDの特性の一つ
ぽんさんは、私の話を無視してるわけじゃない。
でも話している途中で突然違う話題になったり、急に爪を見つめて別世界に行ってしまったりする。
これらは、実はADHDの「注意のコントロールが難しい」という特性からくるもの。
ADHDの人は、目の前の刺激や思いつきに強く注意が引きつけられてしまうことがある。
“興味のあることや気になったことに瞬間的に全注意力を持っていかれる”ような感じ。
たとえば、「ささくれが気になる」という感覚や、「あ、あれ言わなきゃ」と思い出した瞬間に、それが頭の中の最優先事項になってしまう。
結果的に、いま進行中の会話や予定が一時的にスポーンと抜けてしまうことも。
本人も後で「あっ…今おとまるの話聞いてたんだった!」と気づいて「ごめんね」となることが多いけれど、それでもこうした“注意の逸脱”はなかなか自力では完全に防げないという。
大事なのは、「わざとじゃない」って知っておくことと、「気になっても、ちゃんと戻ってこれるようにする」工夫を一緒に見つけていくこと、「本人の感覚を無視しない」ということかと思う。
もし口には出さなかったとしても、「今これが気になるけど口に出しちゃいけない」と思ったらそのことで頭がいっぱいになって、結局話を聞く余裕がなくなったりするから。
むしろその時々の「今」の感覚を全力で全身で感じているからこそかもしれない。そんな気もする。
おとまるなりのゆるく暮らしていくコツ
話が脱線したら、その先で気になったことを解決する。
ぽんさんが気になったことが何かしらあるので、それを解決する。
気になったことが解決したら、本題に戻る。
その時には「少し話戻すね」と声をかける。
普段の会話は、例えばこんな感じ。
「今日こんなことがあってさ…」
「明日雨だっけ?」
「(今?と思いつつ天気予報をチェック)…明日くもりだって、雨降らなさそうだよ」
「あ、よかった」
「話戻るね?笑」
「あ、ごめんね。何だっけ?」
そういう繰り返しをすることが多いように思う。
でも、もし話を遮ってぽんさんが脱線させた話の方が重要かつ緊急だったりしたら、私の話は置いといてそっちの話をする。
「今日こんなことがあってさ…」
「次動物病院行く予定あったっけ?」
「…あ、そういえば狂犬病予防とワクチンの予定立てなきゃ。病院の予約しておこうか」
「ちょっとだけベルの右耳の中が赤くなってたからついでに聞いてみない?」
「そうだね!ちょうどよかった」
例えばこんな感じ。
脱線された瞬間はイラッとすることがあっても、いずれは決めなきゃいけないことだったりすることもあるので、「もう!またか!」という苛立ちばかりでもないのだ。
…と思えば、その突飛な思いつきが、ありがたい方向に転ぶこともある。
たまに迷子になっても
会話が時々迷路にはまっても、それはそれで面白かったりする。
たぶんどんな人同士であっても「完璧に分かり合う」ことは不可能だと思う。
たまに脱線しながら、寄り道しながら、それでも私たちは前に進んでる。
迷子になっても、笑って「どこまで話したっけ?」と戻れたら、それで十分だと思えるようになった。
今日もまた、ふわっと風船みたいなぽんさんを眺めながら、ゆるやかに一緒に暮らしていく。
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