もくじ
「マルチタスクが苦手」と自覚していたぽんさん
ぽんさん(夫)は、数年前からなんとなく自覚していたそうだ。
「自分はマルチタスクが苦手なんだな」って。
でも、その頃はまだADHDと診断される前だったから、特別に困っている自覚はあまりなかったみたい。
ある時、男性は女性に比べてマルチタスクが苦手だという記事を読んで、「そういう傾向があるなら、自分が不器用なのも普通か」と、ひとまず納得していた。
実際、私はわりと平気な方だ。
洗濯を回している間に料理を始めて、煮込みながらメールを返信して、合間に食器を片づける。もちろん完璧じゃないけど、わりと並行して動ける。
でも、ぽんさんは違った。
たとえば、料理の前に洗濯機を回しておくのはできる。
でも、料理中に「洗濯機終わったよ」というお知らせのピーピー音が鳴っても、気づいているのにそのまま忘れてしまう。
料理が終わった頃には洗濯の存在がどこかへ吹き飛んでいるのだ。
それに、スマホを見ている時に私が何か話しかけても、高確率で聞こえていない。
あとから「さっき言ったじゃん」と言うと、「え、聞いてたっけ?」「なんか言ってたかも…」という感じ。
ちなみに、一応声は聞こえている。
生返事をするから。
だけどその返事の適当さに私が文句をつけると、「ごめん、何の話だっけ」と慌ててスマホから顔を上げる。
そうした私とぽんさんの違いに関しても、男女の脳の違いかと私たちは勘違いをしていた。
私は最初、ただ単に「不注意なだけ」「うっかりが多い」のだと思っていた。
でも、ADHDについて学ぶうちに、マルチタスクが苦手というのも立派な特性の一つだと知って、ちょっと納得がいった。
「今、何かをしている」ときに、もうひとつ来ると…
ぽんさんが自分で言っていた。
「何かをやってる時に、もう一つ追加されると、いつの間にかどっちかを忘れてる」って。
たとえば、「ごはんできたよ」と私が声をかけた時に、彼がちょうど何か調べ物をしていたとする。
「うん、あとで行く」と言ってそのまま30分来ないことがある。
本人は悪気があるわけじゃなく、無視したら私が怒るから…良く言えば私への気遣いで「とりあえず」返事をしているだけにすぎない。
それよりも、今やってることに100%集中しているから、別のことが入ってこない。
逆に、話しかけられて反応したら、今やってることの方が頭から抜けてしまう。
どっちも両立させるのが難しいのだと思う。
マルチタスクというより「シングルタスクの連続」で動いた方がうまくいくんだな、というのは一緒に暮らしていてなんとなく感じるようになった。
ADHDの特性としての「マルチタスクの苦手さ」
ADHDの人には、「注意を持続するのが難しい」「気が散りやすい」といった特性がある。
これはよく知られているけど、実は「同時に複数のことを処理する」のが苦手というのも、特性の一つとされている。
人によって差はあるけど、ぽんさんの場合はかなり顕著。
本人に言わせると、「ひとつやってる時に“あれもやらなきゃ”が頭に浮かぶと、どっちかがもれなく台無しになってる」らしい。
つまり、マルチタスクに見えても、実際は順番に処理しているだけで、しかも切り替えがうまくいかない。
しかもADHDの人は、ワーキングメモリ(作業記憶)が弱い傾向がある。
これは「一時的に情報を頭の中に置いておく力」で、たとえば「冷蔵庫にある食材を思い出しながら料理を組み立てる」とか、「洗濯機の終了時間を覚えておく」とか、そういう場面で使われる。
だから、「頭ではわかってるのにうまくできない」「わかってたはずなのに忘れてた」ということが起きやすい。
責めることをやめたら、工夫ができるようになった
ぽんさんがADHDと診断される前は、私はけっこうイライラしていた。
「また洗濯放置してる!」「さっき言ったじゃん、なんで聞いてないの」って。
でも、そうやって怒られるとぽんさんはすごく落ち込む。
それだけじゃなく、拗ねる。
自己肯定感が下がって、何もかもが嫌になってしまう。
そんな態度を見ていたら私も嫌になってきてしまう。
でも、ある時ふと、その他諸々の観察結果から「もしかしてADHDじゃない?」と思うようになった。
そこからADHDについて調べ始めてマルチタスクが苦手というのも特性に含まれていることを知り、腑に落ちたような感じ。
マルチタスクだけじゃなく、色々なことに対して「ああ、なるほど」と思うことが増えていった。
今では、「ひとつずつしかできない」という前提で動くようにしている。
ぽんさんが何かに集中している時は話しかけない。
話しかけるときは、「今話しかけて平気?」と聞く。
洗濯物の取り出しも、音が鳴ったら「忘れないうちに一緒に干そうか」と割り切ることが増えた。
100%うまくいっているわけじゃない。
でも、「できて当たり前」をやめると、お互いちょっと楽になる気がした。
「普通」を基準にしない暮らし方
ぽんさんにとって、「マルチタスクをやって当然」「声をかければ聞こえて当然」みたいな“普通”の基準は、けっこうプレッシャーになる。
私にとっての“普通”が、ぽんさんにとっては“苦手”かもしれない。
それに気づいてからは、なるべく「できるやり方」を一緒に考えるようにしている。
とはいえ、私だって人間だから、ついカッとなることもある。
イラッとして口調がキツくなってしまうこともある。
でも、そういうときはちゃんと話し合って、お互いに「こうしてもらえると助かるな」と伝え合うようにしている。
きっと正解はない。
でも、「うまくできない自分」を責めないでいられる環境があれば、ちょっとずつ暮らしは楽になっていく。
マルチタスクが苦手なぽんさんと、今日も。
それでも、ひとつずつ、丁寧にやっていく姿勢が私はけっこう好き。
そんなふうに思えるようになったのは、たぶん、いろんな失敗を一緒に乗り越えてきたからなんだろう。
きっと今日も、この先も、「またか〜」って思うことはあると思う。
でも、それもぽんさんらしさのひとつ。
マルチタスクが苦手でも、私たちには私たちのペースがある。
今日もそのペースで、ぼちぼちやっていこうと思う。