会社の飲み会で汗が止まらない――ADHDとASDの狭間で揺れる夫の気持ち

飲み会が苦手なぽんさん

「会社の飲み会、行きたくないなあ」

そんなふうにつぶやいた夫・ぽんさんは、ADHDとASD、そしてアダルトチルドレン(AC)の特性を持つ人だった。
一見穏やかで、静かな場では普通に会話もできるし、受け答えもできる。お酒も飲めるしなんなら好き。

けれど、“飲み会”という集まりになると、目に見えないストレスが一気にのしかかってくるのだという。

緊張すると、まず「体」に出る

ぽんさんが一番しんどいと話していたのは、「多汗症の症状」だった。

たとえ話しやすい相手がいても、体は正直で、緊張するとまず汗をかく。そして、
汗をかいたことを自覚した瞬間から、さらに焦ってもっと汗をかく。手が震えて、冷や汗なのに止まらなくなって、『まただ……』と思うと気が遠くなる
そんな悪循環に陥るのだという。

「人と話すことそのもの」よりも、「身体に出ること」がつらい

ぽんさんは、「会話が下手だと見られるのはまあいいけど、汗をかいて手が震えるのが見えるのが嫌」と話していた。
会話中も、汗をぬぐうしぐさをできるだけ目立たないように、こっそり服の裾やハンカチで拭いている。

でも気にしすぎると話に集中できなくなって、結果的に表情も固まってしまう。
そして周囲からは、「なんか緊張してる?」「元気ない?」と聞かれてしまう。

本人は全力で“普通”に振る舞おうとしているのに、それが逆に浮いてしまう——。
これは、本人にしかわからない苦しさだった。

自分の“好きな分野”なら緊張しない

そんなぽんさんでも、不思議とあまり緊張しない場面があった。
それは、自分の得意分野や好きなテーマの話題になったとき。

例えばゲームやアニメの話、仕事で自分が詳しい領域について話しているときには、汗もほとんど出なくて、落ち着いて話せるのだそうだ。
話に集中することで、“今ここ”に意識が向き、周囲の視線や自分の挙動を気にする回路がオフになるからなのかもしれない。

お酒が入ると少しだけ、ラクになる

「じゃあ飲み会でも、自分の好きな話題が出れば楽しいのでは?」
と思いたくなるけれど、そう簡単にはいかない。

飲み会という空間自体に漂う、「場を読め」「ノリに合わせて笑え」「さっと気を利かせろ」といった空気の圧力が、ぽんさんにはとても重たかった。
けれど、お酒が入ると、そのプレッシャーがほんの少しやわらぐのだという。

「飲んじゃえば、汗かいてるのもあんまり気にならなくなるし、周りも酔ってるから、こっちもだいぶ楽になる」

もちろんそれも“根本的な解決”ではない。
でもぽんさんにとっては「逃げ場」としてのアルコールが、飲み会という苦手な空間での“心の安全装置”になっていたのかもしれない。

昔、焼肉の席であったこと

そういえば昔、まだ付き合っていなかった頃、私とぽんさんは同じ職場にいて、少人数で焼肉に行ったことがあった。
その場を回していたのは、ぽんさんが信頼していた彼の直属の上司。

私が肉を焼いていたとき、トングを手にしていなかったぽんさんや他の男性陣を、その上司が笑いながら叱ったことがあった。
「お前らも食ってばっかいないで肉焼け!」といった感じで。

確かに他の人があまり焼かない中、私がひたすら肉を焼いて配っていたので、「女にやらせてないで男もやれよ」という空気だったのだと思う。

でも実は私は、昔炭火焼の飲食店で働いていたことがあって、肉を焼くのが得意だった。
だから全く気にしていなかったし、むしろ好きで焼いていたくらいだった。

その場は「すみません…笑」という雰囲気でみんなが焼き始めて終わったのだけれど、後からぽんさんに聞いたら、
「勝手にこっちが焼いたら嫌がられるかな」
「この人にばかり焼かせるのも悪いけど、自分が下手に焼いて失敗してもアレだから、肉を焼くのが上手な人に任せた方がいいかな」
と思っていたのだそうだ。

ぽんさんはそういうことを一切言わないから、「何を考えているのかわからない」と言われがち。
でも、実はちゃんと見ていて、ちゃんと気にしている。
そういうところが、私は本当にもったいないなと思う。

「ただの人見知りでしょ?」では済まされない

飲み会が苦手な人はたくさんいる。
でも、ADHDやASDの人が苦手とするのは、「人と話すこと」だけではなく、人前で何かをうまくやろうとする緊張や、それが身体に出ることでさらに自信を失ってしまうという構造だった。

だから、

「もっと気楽にいけばいいのに」

「飲めば楽しくなるよ」

「なんでそんなに汗かくの?」

といった言葉は、たとえ善意からでも、本人をますます追い詰めてしまうことがある。

「気をつかってる」のに「気がきかない」矛盾

ぽんさんは、実はとても人の気持ちを気にするタイプだった。
「自分の言動で誰かが不快になっていないか」「場を壊していないか」と常に気を配っている。
でもその「配慮」は、“空気を読んで自然に振る舞う”という形で表現されることは少ない。

だから時に、「気がきかない人」と誤解されてしまうこともある。

でも私は知っている。
ぽんさんがどれだけ気を張って、どれだけ周囲と自分の間で揺れているかを。

「ただの飲み会」に見えて、「大きな戦い」でもある

飲み会は、好きな人にとってはただの楽しいイベントだった。
でも、ぽんさんのように発達特性を持つ人にとっては、まるで“試練”のような場面でもある。

だからこそ、「行きたくない」と言われたら無理には誘わない。
「汗が止まらない」と言われたら、無理に笑ったり驚いたりしない。
「飲み会行ってきた」と聞いたら、「よく頑張ったね」とねぎらう。

それだけで、当事者の心はふっと軽くなるのではないかと思う。

最後に

私たちにとって「普通のこと」が、誰かにとっては「ものすごく高い壁」だったりする。
それを知ることが、「生きやすさ」への第一歩になるのかもしれない。