「変わりたいのに変われない」自己啓発に疲れたADHD・ASD夫のリアル

本の虫と、本を読まなかった人

ぽんさんは、元々本を読まない人だった。
対して私は「本の虫」とでも言おうか。小説が好きで、活字中毒で常に文字を読んでいないと落ち着かない時期もあった。

だから一緒に歩いている時、大きな書店を見つけると、「本屋寄っていい?」と私がぽんさんに聞き、ぽんさんが頷く。
本に馴染みのないぽんさんからすれば退屈な時間だっただろうに、ぽんさんは毎回付き合ってくれる。
そうして私は気になった本を買い漁り、家に帰ってぽんさんがゲームをしている横で熟読する日々を送っていた。

変わりたいと思ったきっかけ

そしていつだったか、ぽんさんから「語彙力を増やすにはどうしたらいいと思う?」と訊かれたことがあった。
私は何も考えず、間髪入れずに「本を読むことじゃん?」と答える。
「本かぁ」とぽんさんは渋い表情を浮かべた。

後から知ったことだけど、ぽんさんは人の輪でコミュニケーションが上手く取れないことに悩んでいた。
何かを言われたときに、何を言ったらいいか分からない。
それは自分の中で言うべき言葉が分からないからで、「語彙力が増えれば言葉に窮することもなくなるのでは」と考えた結果のことだった。

「本を読んだくらいじゃ変わらないんじゃない?」と半信半疑ながら、次に書店に行った時、ぽんさんは真剣に書棚を吟味していた。
そして、「コミュニケーション力を上げる方法」「雑談が上手くなるコツ」といった自己啓発本を次々とカゴに入れる。
本を読むことに慣れていない人がそんなに一気に読んで大丈夫なのか、と思うくらいに。

ぽんさんは「変わりたい」と切実に願っていたのだ。

それからも本屋に行くたびに何冊も手に取り、「これを読めば、何かが変わるかもしれない」と信じて買い占めていた。
やがて未読・既読入り混じった本の山が出来上がる。
タイトルには「成功する人の習慣」「自己肯定感を高める方法」「人生を変える〇〇」といった言葉が並んでいた。

きっかけはきっと些細なことだったのだろう。
仕事でのミス、生活の中でのうっかり、周囲に迷惑をかけたこと……。
「こんな自分ではいけない」「このままじゃダメだ」と思い、なんとか改善したくて、ぽんさんは本に救いを求めていた。

理想と現実の狭間で

けれど変わろうとすればするほど、苦しくなっていく。
「この本に書いてあることもできない」
「書かれている『成功する人』と、真逆の自分」
「やっぱり自分は、だめなんだ」

理想像に触れるたびに、自分の未熟さが浮き彫りになるのはつらい。
私が勧めたのは「語彙力を増やすには読書でいろんな言葉に触れたら良い」ということくらいで、決して自己啓発本を読んでダメージを受けてほしいわけではなかった。

本を読むのは悪いことじゃない。
でも「何のために読むのか」ということが一番大事だ。
私にとっての読書は息抜きで、おいしいお茶をしながら読書に没頭するのは贅沢な時間だと思っている。

でもぽんさんにとって、自己啓発本は“希望”であると同時に、“自分を追い詰める材料”にもなっていた。
本の中で描かれる「こうあるべき」の姿と、自分とのギャップ。
それが、ぽんさんをさらに自己否定へと追い込んでいった。

“正しくあらねば”の呪い

本人なりに必死だったと思う。
ADHDとASDの特性に加えて、ぽんさんにはアダルトチルドレン(AC)的な「常に正しくあらねば」「誰にも迷惑をかけてはいけない」という強い思い込みがある。
だから、うまくいかない現実を受け止めるよりも、 「理想の自分」を追い求めてしまう。

だけど、本の通りにやってもうまくいかない。
行動を真似しても続かない。
「それは意志が弱いから」と書いてあると、 「あぁ、自分はその程度なんだ」とまた落ち込む。

このループが、しんどかった。
ぽんさんは、「人として正しくありたい」「ダメな自分を直したい」と願っていた。
誰にも怒られたくない。 誰かに嫌われたくない。

「優しい人でいなきゃ」
「できる人に見られたい」
そんな思いが、ぽんさんを“変わる努力”に駆り立てていた。

変わらなくても、いていい場所

「自己啓発本が100%正しいわけじゃないよ」と私は釘を刺した。
その人にとっての「正解」が、全ての人に対して「正解」なわけでは絶対にない。
「その方法で上手くいった人もいる」「成功した体験談」という参考資料くらいに思えばいいのだと思っている。

ぽんさんは半信半疑ながらも、それから話半分くらいに自己啓発本を読んでくれるようになった。
その頃から少し肩の荷が下りたのかなと思っている。

本当は変わることよりも、変わらなくてもここにいていいと思えること。
それが必要だったんだと思う。

今、ぽんさんは以前のように、半ば必死で自己啓発本を吟味することはなくなった。
今でも気になる本を見つけると買おうとすることもあるけれど、衝動買いすることはなく、レビューをチェックしつつ冷静に判断している。

自分を律しすぎることも、少しだけ減ってきた。
その代わりに、できないこと、ミスしたことを笑える余裕が出てきた気がする。

本を読む理由

私は「変わってないように見えて、ぽんさんは変わったな」と思う。
努力の方向が、外側の理想に向かうのではなく、 自分の安心のために向かうようになった。

もちろん本を否定するつもりはない。
タイミングや心の状態によって、本が救いになることもある。
でも、あの時のぽんさんには、変わる努力」よりも、「安心できる場所が必要だったのだと思う。

今でもぽんさんは、「こんな自分じゃダメだ」と思いそうになるときがある。
変わりたいときに開く本もあれば、立ち止まりたいときに閉じる本もある。

ぽんさんが本を読む理由は、もう「変わりたい」だけじゃない。
今では、自分を許すヒントを探すために、そして新しい気付きを得るために、ページをめくっているような気がする。