言葉がなくても通じ合える、イタグレとの暮らし

静かな犬種・イタグレ

イタグレは、もともとあまり吠えない犬種だと言われている。
神経質なところもあるけれど、静かに人に寄り添う子が多く、マンション暮らしなどでも飼いやすいと紹介されることもある。

我が家のベルも、まさにそんなタイプだった。
「ワン」と鳴くことはほとんどない。

甘えたい時や構ってほしい時は、くぅん…と小さく鼻を鳴らしたり、ピスピスとせつなげな音を出したりすることはあるけれど、吠えるというより、お願いしているような、甘えているような声だった。

いわゆる「無駄吠え」に悩まされたことは、一度もない。
しつけに関しては、本当に助かったと思う。

ベルが「ぼっ」と鳴くとき

ただ、ごくまれに「ぼっ」とぶきっちょに吠えることがある。
だいたい、何かの物音に警戒しているとき。
例えば、外の階段を誰かが上がってくる音がしたときや、インターホンの音が鳴る少し前、何か気配を感じたようなタイミングだった。

この「ぼっ」、ひと声で終わることもあれば、数回繰り返すこともある。
しかもその時のベルは、いつもの穏やかな表情とは全然違って、仁王立ちしてドアのほうをじっと見つめている。

話しかけても無視。撫でようとしても反応がない。
何を言っても、まるで耳に届いていないかのようだった。
何かに集中して、私の声が頭に入ってこない時のぽんさんとちょっと似ている。

最初の頃は「大丈夫だよ」「誰も来てないよ」と声をかけたり、抱きかかえて落ち着かせようとしたりしていたけれど、結局どれもあまり意味がなかった。
今ではもう、「あ、警戒モードだ」と思ったら、私もぽんさんもそっとしておく。
ベルがひとしきり見張りを終えるまで、しばらく放っておくようになった。

「ちゃぷ」で応えるベルとの会話

でも、そんな「ぼっ」なベルとは対照的に、普段のベルはとても静かで、でも不思議と、コミュニケーションが取れているような気がしている。

その理由のひとつが、ちゃぷだった。

「ちゃぷ」は、ベルが口を一度開いて、軽く閉じたときに出る、ごく小さな音。
ぺろっと舌を動かすような動作でもあるけれど、音は意外とはっきりしていて、聞くたびに「今、返事した?」と思ってしまうようなタイミングで出る。

たとえば、「ベル、かわいいねぇ」と言うと「ちゃぷ」。
「眠いの?」と声をかけると「ちゃぷ」。
「一緒にお昼寝しようか」と言えば、「ちゃぷ」。

別に吠えているわけでも、鳴いているわけでもない。
でも、ちゃんと目を見て、絶妙な間でその音を返してくる。

いつものように、「そろそろ耳掃除かなぁ」と話しかけた時「ちゃぷ」が返ってこなかったことがある。
ベルは耳掃除が嫌いなのだ。万が一分かっているのだとしたら本当に賢い。

さすがに言葉の意味が分かっているわけではないと思うけれど、こちらが話しかけていることは、確かに分かっているんだと思う。
そして、返事のように「ちゃぷ」としてくれることで、こちらの気持ちまでふわっと和らぐような気がした。

特に癒されるのが、一緒に横になっているとき。
ベルが私の顔のすぐ横にぴったりくっついて、安心しきった表情でまどろんでいるとき。
そんなときに、「ベル、気持ちいいねぇ」なんて囁くと、やっぱり「ちゃぷ」と返ってくる。

その音があまりにも優しくて、なんだか「うん」って言ってくれているみたいで、つい笑ってしまう。

伝わっている気がして

吠えなくても、言葉がなくても、こんなふうに通じていると感じられる瞬間があることが、私は嬉しかった。
「ちゃぷ」だけで、ベルと私の間には、立派な会話が成立している。

今も静かな部屋の中で、ベルの「ちゃぷ」が小さく響くたびに、
「わかったよ」「そうだね」「一緒にいようね」
って、たくさんの言葉がそのひと音に込められているような気がしている。