無口じゃなくて「わからない」──初対面が苦手な夫の本当の理由

自分から喋らないぽんさん

初対面の人と話す場面で、その場の1人がずっと黙っていたら、どんな印象を持つだろうか?

「緊張してるのかな」「なんか不機嫌?」――私も昔、そんなふうに感じていた。

ぽんさんと親しくなってからずっと、不思議に思っていたことがあった。

それは、初対面の人と話すときのぽんさんの様子。

たとえば、職場で4人で話しているとき。4人で喋っているのに、そのうちの1人であるぽんさんはほとんど喋らない。

誰かが話を振ると喋るので、話を聞いていないわけでもない。

でも自分からは口を開かない。

最初は「人見知りなんだろうな」「シャイだなぁ」と思っていた。

人見知りなら、時間が経てば少しずつ慣れていくものだろう。

実際、私も初めはぽんさんから話しかけられることはほぼなかった。

第三者を挟んでやっと「談笑」をするような感じ。

それがだんだん、自分から「飲みに行こう」と誘ってくれるようになって、二人になっても話せるようになって、やがて盛り上がれるようにまでなったのだ。そこまで長かった。

脱線してしまったけれど、ぽんさんは何度会ってもあまり喋らないし、自分から誰かに話しかけることも、用事でもない限りほぼない。

「どうして喋らないの?」と聞くと、「何を喋ればいいかわからない」ということだった。

どうやら、ぽんさんの「喋らない」は、ただのシャイボーイ…ということではなかったらしい。

ASDの「話せない」ってどういうこと?

夫・ぽんさんにはADHDとASDの診断がある。ASDの特性の一つに、「コミュニケーションの困難さ」というものがある。

たとえば、

  • 初対面の人との雑談が苦手
  • 暗黙のルールや空気を読むのが難しい
  • 相手が何を考えているかを想像するのが難しい

ということがある。

言葉だけ見ると、「性格の問題?」と思ってしまいそうだ。

でも、ぽんさんを見ていると、それは「そうしようとしていない」のではなく、「どうしていいか本当にわからない」ようだった。

複数人の会話の中では、誰かが喋っている間も黙って聞いている。

話を振られても、言葉を選んでいるうちに他の人が次の話題に行ってしまう。

同意したり反対したりしようとしても、誰かが先に声を挙げると自分の意見は抑えてしまう。

タイミングをつかむのが難しいらしい。

そして、一対一の場面になると、それはさらに顕著だった

沈黙が苦痛になる瞬間

同じ職場で働いているとき、ぽんさんと職場の人が二人きりになる場面あった。

私と同じ部署ではあるけれど、ぽんさんは日常的に喋る機会がない人で、ほぼ「知らない人」。

後からぽんさんに聞いたら「めちゃくちゃキツかった」と言っていた。

「何を話せばいいかわからないし、沈黙が気まずいし、相手に悪い気がして焦るけど、焦るほど言葉が出てこない」と。

相手の表情を見て「退屈そう」「困っていそう」と感じても、そこから自分がどう動けばいいかがわからない。

「何を言えばいいか、本当に頭の中が真っ白になる」とぽんさんは言っていた。

もしかしたら相手は気にしていないかもしれないけれど、ぽんさんにとっては、そういう場面そのものがストレスだった。

誤解されるコミュニケーションの壁

以前、私が「ぽんさんってあんまり喋らないよね」と友人に言われたとき、ちょっと気まずくなったことがある。

「無愛想」「つまらなさそう」「感じが悪い」「不機嫌」など、ぽんさんは誤解されることもあった。

でも、それは「無口で感じの悪い人」なのではなく、ASDの特性によるものだった。

本人も、「もっと喋れたらいいのにな」と思っている。でも、それがすごく難しいことだった。

それに気付いたとき、「こういう人もいるんだ」と思えるようになった。

ぽんさんだけでなく、きっと他にもこうした悩みを抱えている人はたくさんいるだろう。

一般的には「コミュ障」と言われがちだけど、そんな一言で終わらせてほしくないとも思う。

知ることが、イライラを手放すきっかけに

ASDの特徴を知るまでは、私自身も「もっと喋ってくれたらいいのに」と思ったり、「なんで私ばっかり気を遣って喋らないといけないんだ」とモヤモヤしたりすることも多かった。

でも、ASDの人にとっては、雑談や初対面の会話は「自然にできること」ではないのだとわかってからは、ぽんさんの反応を「特性のひとつ」として受け止められるようになった。

受け止めて、腑に落ちてからは「理解できない」というモヤモヤが減った。

それは、ぽんさんにとっても気が楽になることだったと思う。

私とぽんさんともう1人、という空間だと、基本的に私ともう1人が喋り、時々どっちかがぽんさんに話を振って場が成り立っている。

決して仲間外れにしているわけではない。

基本的にぽんさんは会話で受け身側にいる。それだけで十分気を遣っている。

それが分かってから、ある種役割分担をするような気分で受け止めて、私が喋るようにしている。

相手を変えるより、自分の見方を変える

ぽんさんは、今でも初対面の人との会話は苦手だ。

数人の会話の中でも、相変わらずほとんど喋らない。

それでも私は、無理に変えようとは思わなくなった。

「喋らない=ダメ」ではない。

「喋れない=やる気がない」わけでもない。

ただ、ぽんさんにとってはそれが難しいだけだった。

だからこそ、「変えようとすること」より「理解しようとすること」が大事だと思う。

相手を変えるより、自分の考え方に少しだけ新しい情報をもたらす方がよっぽど簡単だ。

特性を知って、考え方や見方を少し変えるだけで、相手へのイライラや自分のモヤモヤが、少しずつ和らいでいくこともある。

もし周りに「なんだか話しにくいな」と感じる人がいたら、その人もぽんさんのように、「どうすればいいか分からない」だけなのかもしれない。

先入観を捨てて、その人自身を見るように努力したいと思う。