ベル、番犬になる──恐怖と混乱の一夜

深夜1時のチャイム

私たちはオートロックのマンションに住んでいる。
わりと防音性の高いところで、隣や上の部屋の音はあまり聞こえない。
ぽんさんは前に住んでいた部屋で聞こえる物音に敏感だったので、私は今の家を気に入っている。

翌日が休みで、ちょっと夜更かししていたある日の夜中、1時半。
突然、玄関のチャイムが鳴ったことがあった。

しかもよりによって私とぽんさんが二人でホラーゲームをしていた時。
二人ともめちゃくちゃビビった。
なんならチャイムだけじゃなくてドアの取っ手を引っ張ってガタガタしているからそれはそれは怖い。
風の音、とかじゃなくて明らかに人の手でドアを開けようとしている音だった。

「風の音だよね?」
「ううん…これ、人間の意志を感じる…」

無言で顔を見合わせる我々。いや、怖すぎ。
でも、ビビったのは人間だけじゃなかった。

正体は酔っ払い?玄関前の謎の女性

むしろベルの方がすさまじいビビりようだった。
布団でひっくり返って寝ていたのに、チャイムが鳴った途端に飛び起きて、1秒後にはぽんさんの膝の上で石像になっていた。

ぽんさんは立ち上がって玄関に行こうとしていたけれど、ベルはぶるぶる震えてぽんさんにしがみつく。
まるで「行かないで!」と言わんばかりにすがりついていた。
この世の終わりかな?というくらいの表情で、ぽんさんの動きを止めようとするベル。
その姿があまりにも可哀想で、そして可愛くて、私は恐怖と母性と混乱のトリプルコンボで脳内処理が追いつかない。

玄関の外から女性の声が聞こえてきたこともあって、私はおそるおそる静かに廊下を進んでみた。
のぞき窓から覗いても頭しか見えず、どうやら座り込んでいるらしい。

「ごめんなさい…」「許してください!」と泣き喚く女性がいるようだ。酔っ払いのよう。
なんとなく交際相手と揉めている空気を感じる。
それなら同性の私が出た方がいいかな。
そんなことを思って、チェーンをかけたまま私はドアを開けて、見知らぬ女性におそらく部屋を間違えていることを伝えた。

女性もびっくりした顔で私を見て、呂律の回らない口調ながら「ごめんなさい!ごめんなさい!」と大慌てで謝ってくれた。
ドアを閉めた後もひとしきり「ごめんなさいコール」をした後立ち去った様子だった。
…翌朝、彼女の残したであろう謎の液体や、鞄から落としていったと思わしき色々な落とし物の「置き土産」が廊下に残されていて、ちょっとしたホラーの後日談だったのはまた別の話。

一番ビビっていたのはベルだった

とにかく解決したことにホッとして部屋に戻って、ぽんさんにそれを伝えた。
ぽんさんも驚きつつホッとしたが、ベルはまったく落ち着かない。
ぶるぶる震えながらドアをガン見して、「また来るんじゃないか…」とひたすら警戒している。

突然夜中に招かれざる客が来て喚いていったのだから当たり前だ。
ずっと硬直してドアを見つめている姿は可哀想だった。
どれだけなだめすかしても全然寝ようとしない。

しかも私とぽんさんが布団に入ってうとうとすると「寝てる場合じゃないでしょ!」とばかりに鼻をくっつけてくる
おかげで全然眠れず、翌日の休日は、ベルと一緒にお昼寝をすることになった。

夜だけ発動、ベルのちょっとズレた警戒モード

その日を境に、ベルは番犬としての使命に目覚めたらしい。

夜、突然ドアを凝視して、「ふっ」「ふっ」と小さく鼻を鳴らし、「…ぼっ」と小さく吠える。
吠えた後は急いで私やぽんさんの顔を見る。
まるで言ってやったよ!」「これで大丈夫!とでも言っているかのようで、私とぽんさんは笑ってしまう。

そして何度かそれをやると、急いで私やぽんさんの膝に飛び乗る。
人の体に隠れながらもドアからは目を離さず、じっと様子をうかがっている。

「誰もいないよ」「大丈夫だよ」となだめても効果なし。
仕方ないのでベルの気が済むまでほっといている。

やがて時間が経つと飽きたのか諦めたのか分からないけれど、私かぽんさんの膝で丸くなってウトウトし始める。
番犬モード、オフ。終了。
そうやっていつも、突如番犬スイッチが入り、そして切れる。

警戒よりもお昼寝が大事な小さな番犬

でも朝は眠気が勝つようで、番犬モードは常にオフ。
私やぽんさんが起き上がってウロウロしても全然起きない。
「今は寝る時間なので…」とでも言いたげに、せいぜい布団から鼻先だけ出してくるくらい。

日中も基本的にお昼寝が優先。
番犬モードに入るのはやっぱり夜だけなので、よほどあの夜の出来事が怖かったんだろう。
いずれ「何もない」「誰も来ない」ということを理解して慣れてくれたらいいなと思う。

それでもベルなりに家を守ってくれているつもりなのかもしれない。
うちの番犬は、小さくて、眠たくて、でもたまに頼もしい――そんなちょっとズレた守り神である。